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映画レビュー『人生の特等席』――いっそ清々しい、最高の「罵倒映画」を何度でも。

 

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troublewiththecurve 人生の特等席
原題: Trouble with the Curve
製作年:2012年
上映時間:111分
監督:ロバート・ロレンツ

 

 九十フィート四方の正方形。その中心よりやや遠くからひとつの頂点に向って投じられた白球が、頂点のもつ九十度の内角のひろがりへ向って打ち返されて、この競技は遊ばれていく。
 少年野球やソフトボールは別にして、すべての公式のゲームは、同じ塁間で行われる。草野球も、プロ野球も、同じ九十フィートなのである。そのことを頭では分ってはいたのだが、はじめて目のあたりにするメジャーリーグの球場とプレイヤーたちに興奮したせいか、ぼくはその日、このあたりまえの事実に驚いたのである。ベースボール・ダイアモンドというものの不思議に、いまさらのように目を吸い寄せられていったのであった。

平出隆『白球礼讃 ベースボールよ永遠に』(岩波新書、1989年)より

 

何故か何度となく、観返したくなる。

 

 わたしはこの、クリント・イーストウッドが2012年に主演した、そのわりには平凡な作品といっていい、野球を題材に採った映画が何故か大好きなのですが、その理由がこれまで、よくわからないでいました。

 

 メジャーリーグ、アトランタ・ブレーブスのスカウトとして数々の選手を発掘し、その名を馳せたガス(クリント・イーストウッド)も、寄る年波には勝てず、引退の引導を渡されようとしている。視力の衰えが著しく、あるいは緑内障を患っているらしいミッキーを見兼ねて、長年の同僚で親友でもあるピート(ジョン・グッドマン)は、ミッキーの影響で野球好きに育ち、今や敏腕弁護士として活躍するガスの娘、ミッキー(エイミー・アダムス。「ミッキー」の名はなんと、ニューヨーク・ヤンキースのレジェンド、ミッキー・マントルに因むらしい)にガスのスカウト旅行に同行して、様子を見て来て欲しいと頼むのだが――。

 

 というのが本作の序盤のあらましですが、ここまで書けば、アメリカ映画が幾度となく描き、そしてイーストウッド自身が繰り返し演じてきた家族の物語――父と子の葛藤の物語のヴァリアント、であることは隠しようがありません。実際に本作は、スカウト行脚でのカロライナの美しい自然と、輝かしい未来を思い描く、文字通りブライト・ホープなメジャー候補の高校生たちの躍動する田舎町のボールパークを背景にしつつ、物語の軌道はその王道を逸れることなく進みます。
 そんなアメリカ映画の系譜の通り、葛藤は乗り越えられ、新たな愛が芽吹き、若干のご都合主義的な契機を挟んでハッピーエンドに向かう。あえて具体的には書きませんが、本作はそんな筋書きの、愛すべき凡作であるといえるでしょう。
 そんな本作を、このタイミングでわたしが観返したのは、わたしが最近交わした、こんな会話がきっかけでした――といっても、何もなくても1、2年に1回は観ている作品ではあるのですが。

 

――あなたは自分の、そして人の、ネガティブな感情に向き合うことが苦手なのよ。あるいは、そういうことからずっと避けてきた。
「そう言われればそうかもしれない。ブログの自分の文章を読んでも、物ごとのいい面ばかりを見ようとしているから、文章だけを読めば、ぼくはすごい好人物に見えてしまう。」
――あなたの好きな映画を思い出してみてよ。あなたの好きなバカみたいなアメリカ映画。他人に悪態をつき、家族や友人と大げんかしてFワードを喚き散らし、時には自分自身に苛立って大声を上げる、そんな場面がたくさんあるでしょう。それをお手本にしろとは言わないけど、ちょっと参考にしてみたら?
「そんなものかな? だってああいうのはフィクションだし――、」
――テレビ見ながらコメンテーターの発言にツッコミを入れたり、芸人のネタを素人風情でこき下ろしたり、みんなやってることだよ、そうやって少しずつ、吐き出すことが大事なんじゃないの?

 

いっそ清々しい、最高の「自分罵倒映画」。

 

 それで思い出したのが、この映画のイーストウッド演じる、ガスという老スカウトの姿、その言動でした。というのも本作のガス/イーストウッドはいきなり映画の冒頭、自宅のトイレで小用を足しながら、自身のモノに向かって悪態をつくのです。その場面から、クローズドキャプションの英語と、吹き替えの日本語で引用してみます。

 

All right.(ああー、いいぞー。)
Okay. Come on, now.
Come on, boy.(どうした、ほら、おい。がんばれ坊主。)
Let's not take your sweet-ass time about  this.
Jesus.(ちょろちょろやってないでいい加減に出したらどうだ?)
All right.(ああ、ったく。)
Okay, That's it.(ようし、そうだ、それでいい。)
Ah, good.(いいぞ。)
Don't laugh, I outlived you, you little bastard.(笑うな、お前と違っておれはまだ現役だ。)

映画『人生の特等席』冒頭、用を足すガス(イーストウッド)のシークエンスより。

 

 ――こんな悪態ジジイが目の前にいたり、自分の父親だったらなんてサイアクでしょうか? そしてそれは、映画としては、なんて愛すべきシーンなのでしょうか。こんなふうに始まる娯楽映画、フィクションをわたしは寡聞にして他に知りません。
 わたし自身が将来(この映画の場合、俳優・イーストウッド自身の実年齢で80過ぎ)、こんな悪態ジジイになりたいわけではありませんが、いつもこんなふうだったからこそ、ガスは大切な友人に恵まれ、有能な若手選手たちに恵まれ、大成することなく引退してしまった元選手(映画ではジャスティン・ティンバーレイクが演じている)にさえ慕われているのかもしれません。その分、娘としてはたまったものではありませんが。本作のガス/イーストウッドをお手本にするつもりはありませんが、今回観返してみて、わたしも少しはこんな、最高の「自分罵倒映画」から学んでみてもいいかな、と思えました。だからこの映画が大好きだったのだとも。

 

 野球映画としては、シンプル過ぎるくらいのご都合主義(しかも、映画の原題にストレートにそれが表現されている)なのも、いっそ清々しいくらいの本作。『人生の特等席』なんて埋没するに決まっている邦題にめげず、もっとたくさんの人に観られたらいいのに、と思う今日この頃です。

 

人生の特等席 (字幕版)

人生の特等席 (字幕版)

  • クリント・イーストウッド
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本作『人生の特等席』は、Amazonプライム会員特典で鑑賞可能(2022.3.30現在)。

 

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