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映画レビュー『スイス・アーミー・マン』――緊急事態宣言下のGW、ひとりの部屋でする死体との語らい。

 

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swissarmyman

『スイス・アーミー・マン』
原題:Swiss Army Man
監督:ダニエル・シャイナート、ダニエル・クワン(ダニエルズ)
製作年:2016年

 

“死は終わりではない”のか?

 

「死は終わりではない」とか、「“死”は“生”の一部である」(逆かもしれない)という言い方で、というよりもそのようなフレーズ/命題に取り組むような形で、文学や宗教、人間の思考の営みは開闢いらい、続いてきました。わたしの狭く浅い読書歴のなかでも、小説家の保坂和志は身近な猫の死を通してそのことを追求してきましたし、荒川修作という芸術家、建築家は「死なない建築」を標榜し、「三鷹天命反転住宅」(東京都三鷹市)、「養老天命反転地」(岐阜県養老町)などの作品群があり、『死なないために』『死ぬのは法律違反です』という著作さえ上梓していますが、しかし――と逆接の接続詞を書くまでもなく、荒川修作は2010年に73歳で亡くなりました。

 

 

映画『スイス・アーミー・マン 』の主人公、ポール・ダノ扮する青年、ハンクの友人は、死人のメニー(ダニエル・ラドクリフ)ただ一人。

 

www.youtube.com

"Swiss Army Man" Official Trailer(A24) 

 

というのも、ハンクは経緯は明かされないが(そのこと自体が後の伏線になっている)辿り着いた無人島で絶望し、自死を選ぼうとしていたところに、海辺に打ち上げられた人影を見つける。ほどなくその人物=メニーという、ハンクと同世代の男性は既に死んでいることがわかるが、メニーはオナラの推進力で一人乗りのボートになり、雨水を溜め込んだ身体は口から水を吐くウォーター・サーバーとして機能し、孤独なハンクの話し相手にさえなる万能の道具=スイス・アーミー・ナイフならぬスイス・アーミー・マンだった――と、書いていてアタマの痛くなるようなストーリーが展開されるのだけど、不思議と観ていてバカバカしい気持ちにはならいないのです。

 

緊急事態宣言下のGW、ひとりの部屋で観る『スイス・アーミー・マン』

 

緊急事態宣言下のGWで、単身赴任先(といっても自宅の隣県ではあるけれど)に留まることになって、しかも外出できない、ということになると、部屋のなかで本を読むか映画を観るかくらいしかなくて(わたしの嗜好からすれば望むところなのですが)、ひとり静かな住宅街の一室で、この映画を観ていると、わたしには彼ら、孤独なハンクと死体のメニーの凸凹コンビの一挙一動が、単なる「出落ち」感満載の、絵空事のフィクションと笑って済ませられない切実さをもって迫ってくる気がします。

 

物語のラスト、這々の体で暮らしていた街に戻ってきたハンクには、結句、心を通わすことのできる人間は、死体であるはずのメニーしかいない、ということが明らかになります。もちろん、毎日バスのなかで見かけて一方的に思いを寄せいていた人妻・サラや、互いに自己開示が苦手なためにまともに話のできてこなかった父親との括弧付きの「再会」によって、彼にとってのこれからが、以前の生活との繰り返しではない可能性が示唆されはするけれど、表面的には何も変わっていない。

 

死体のメニーとの日々でハンクの交わした「会話」は、孤独なハンクの作り出した幻想だったのか、映画のなかでは直截には説明されませんが、常識的なセンでは、そう考えるのが妥当でしょう。

 

オナラの推進力によって海の彼方へ消えていく

 

Screen-Shot-SwissArmyMan

 

ただわたしがひとりの部屋でこの5日間(わたしの休みはカレンダー通りなので)を過ごすあいだに――わたしには妻や子どもたちという家族があって、無人島ではないので電話をすることもできるけれど――この『スイス・アーミー・マン』や『シチズンフォー/スノーデンの暴露』『マイティ・ソー/ダーク・ワールド』といった映画を観たり、小説を読んだりしていると、それがフィクションであってもドキュメンタリーであっても文学作品であってもエンターテインメントであっても、わたしの頭のなかに浮かぶのは、ハンクとメニーとのような幾分妄想的な会話であり、そういうフィクションに触れたり、(テレビがないので)ラジオで人の声を聴いたりするのも、端的にいってさみしいからで、この映画がメニーとの会話に先立つ、具体的で身体的な事象としてのオナラ(その実、死体の尻から放出されるガス)にこだわり続けるのも、そうした具体性・身体性こそが、映画の肝であり、わたしたちの生きるうえの糧であるからでしょう。

 

けれどやはり、メニーはこのオナラの推進力によって海の彼方へ消えていきます。結局、身体性を失うことで初めて人間は、死は終わりではない、と信じることができるのでしょうか。――でもそうカンタンなら、カンタン過ぎるし、面白くないし、やはりさみしい。わたしはこれからも、死と生について考える、文学やフィクションに付き合っていきたいと思います。

 

スイス・アーミー・マン(字幕版)

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