ソトブログ

映画と本、自然観察(あるいは40歳、2児の父の日常)

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鳥たちのSong and Call――『歌う鳥のキモチ』を読んで。

 

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歌う鳥のキモチ   鳥の社会を浮き彫りに

歌う鳥のキモチ 鳥の社会を浮き彫りに

 

 

 鳥の声は言葉ではないといってきたが、もし言葉にするならば、彼らは「俺は誰々だ」と歌っている、というのがもっとも近いだろう。そして、声で追跡しながら個体の事情(つがい関係や繁殖の進行状況など)に切り込めれば、「こんな状況ではこんな歌い方をする」ということがわかる。

石塚徹『歌う鳥のキモチ』(山と渓谷社、2017年)

 

 

映画の半分が音であるように――鳥を「見る」だけでなく「聞く」愉しみ。

 

バードウォッチングというと、特にネットのような視覚重視のメディアを眺めて情報収集していると、美麗な鳥写真を撮られている方がたくさんいますし、どうしても鳥の姿を写真に撮ること、あるいは撮影しないまでも双眼鏡やフィールドスコープでその姿を捉えること。つまり「見る」ことに躍起になってしまうもの。

 

特にわたしのようにまだまだライフリスト(これまでに見た鳥の種類)が100種程度のビギナーにとっては、まずは文字通り「まだ見ぬ」鳥をこの目に収めたい、という思いが強くなってしまいますが、例えば視覚芸術だと思われ勝ちな映画の半分が音であるように、「鳴く」ということを通して音で世界に対峙する鳥たちに興味、関心を持つなら、やはり、鳥を「見る」だけでなく「聞く」、という側面からも親しみ、愉しみたいものです。実際、探鳥会に出掛けたり、そこまで身構えなくても街や自然のなかを歩いていて、鳥たちの姿を見かける以上に、その声が、歌が耳に入ってくる。その方が機会としては、ずっと多いはずです。

 

そんなわけで、バードウォッチングを――というふうに書いてしまうと“Watching”とやはり、視覚に重きを置いているように聞こえて(だから、ここではあえて「見えて」と書くべきかも)しまいますが、それはともかく――長く続けていきたい、愉しんでいきたいと考えたときに、鳥の鳴き声を知りたい/憶えたい、というキモチが芽生えて、この頃はこんなふうな、鳴き声CDを買って、憶えようとしたりしています。

 

CD声でわかる山野の鳥―ハンディ図鑑「新・山野の鳥」対応

CD声でわかる山野の鳥―ハンディ図鑑「新・山野の鳥」対応

 
CD声でわかる水辺の鳥・北や南の鳥―ハンディ図鑑「新・水辺ノ鳥」対応

CD声でわかる水辺の鳥・北や南の鳥―ハンディ図鑑「新・水辺ノ鳥」対応

 

日本野鳥の会オリジナルの鳥の鳴き声聞き分けCD。ビギナー向けの解説やクイズ形式で、私も息子と愉しみながら聴いています。 

 

ただ、今回読んだ、『歌う鳥のキモチ』にも、「一般に、成人のビギナーの方は、CDなどで一度にまとめて覚えるのは難しい」と書かれているように、そういう憶え方ではなかなか頭に入ってこないこともしばしば。「歌は鳥たちの社会生活、ひいては私生活をのぞく糸口なの」だという本書を読んでみるとさもありなん、「頭に入れ」ようとして鳥の声を聴くなんて本末転倒であって、彼ら鳥たちが、なぜ、あんなふうに歌うのか? ちなみに鳥のなかで、「歌う」のは小鳥たちなのだといい(「鳴禽類」と「亜鳴禽類」)、歌=「さえずり」が“Song”、「地鳴き」は“Call”と呼ばれます。そのことを、筆者の長年の「自由研究者」としての研究成果を踏まえた知見に触れてみることで、非科学的な擬人化に恃むことなく、知ることこそが、鳥の世界の(もちろん私たちの世界の)半分である、「音」の側面から鳥に親しむことになるのだと思いました。

 

というような抽象的な感想ばかり書いても仕方がないけれど、本書で触れられている事柄は全て、具体的な鳥の生活――とりわけ鳥たちの歌の大きな二つの役割である「繁殖するために必要な、異性の誘引(一般的には花嫁募集)と、なわばり宣言(防衛)」――に則して記述されています。

 

独身期は終日、梢で歌うが、結婚期は早朝を除いて樹冠で歌うことが多くなる。「クロツグミは梢でよくさえずる」と書いてある図鑑もあれば、「クロツグミは枝葉の茂みでさえずるので姿が見えにくい」と書いてある図鑑もある。主語は「クロツグミ」ではなく、「独身オス」か「既婚オス」かだったのだ。

 

 さて、忘れてはならないのは、つぶやき声はメスを欲するキモチの強いときに出るというこの結論と、プレイバック実験で得られた、怒りやいらだちの強いときに出るという結論が、矛盾しないのかという問題である。
 どちらにも共通することは、極度に緊張した場面だという点だ。これは、鳥の声が言葉ではなく、衝動によってつい出てしまうことの証拠ともいえる。


Why do I sing: birds' view

 

あえて前後の文脈に触れず引用してみましたが、こうした断片から、本書が、人間の側が「こう読みたい/聞きたい」歌う鳥のキモチではなく、本書のカバーに英語で、

 

“Why do I sing: birds' view”

 

とあるように、あくまで鳥の視点で解釈しているのが面白い。そして本書の白眉は、長年筆者が個体識別して研究してきたクロツグミについて、とりわけ「ルビオ」というやんちゃなオスを観察し続けて発見した「歌う鳥の私生活」について書かれた第3章です。

 

優れた啓蒙書、研究書でありながら、ほとんど良質のサイエンス・フィクションを読んでいるような歓びが本書にはありました。鳥の世界――あるいは鳥の視点/聴覚を通して世界をみつめてみるように、鳥たちのSong and Callを聞いてみれば、私たちの周囲の世界も生活も、めくるめくサイエンス・フィクションそのものなのだ。そんなことを思えたDreamyな読書体験でした。そしてこれからもバードウォッチング(ヒアリング?)を愉しみたい、と思えました。

 

歌う鳥のキモチ   鳥の社会を浮き彫りに

歌う鳥のキモチ 鳥の社会を浮き彫りに

 

 

今回の写真は、先日、次男の幼稚園の親子遠足で訪れた自然公園にて、木のてっぺんのソングポストで歌うホオジロでした。

 

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