ソトブログ

映画と本、自然観察(あるいは40歳、2児の父の日常)

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やりとりへの<期待>――ブログを書くことと、インターネットの面白さ(の本質。極めて私的な)。

 

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書きたいことはたくさんあります。

 

こういう極めて自己満足に近い――いや、そのものの――ブログであっても、1年半もつづけていると、そのなかで書いている私自身の、この場所に対しての気持ちの浮き沈みというか、親密さの度合いの濃淡があって、そのためか、この1ヶ月近く更新できていませんでした。

 

書きたいことはたくさんあります。

 

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とりわけ小学生の長男と、この頃はまだ幼い次男も一緒になって続けているバードウォッチング。以前「特別な道具なしに始められる」なんてテキストをこの「ソトブログ」で書いたものの、その後徐々に手持ちの武器=道具を増やし、最近では35mmフィルム換算で2000mm相当という望遠端の焦点距離を誇る、ニコンの超望遠なコンパクト・デジタル・カメラ――コンパクトとはいえない外観ですが、その特徴からみれば、驚異的なほどにコンパクトという他ない代物。すなわちCOOLPIX P900を導入し、長男とふたり、その雄姿とそれが写す鳥の姿に惚れぼれしながら、鳥見行を続けています。

 

 

 

そういうものは、実際に私が息子たちとやっている時間がいちばん愉しいもので、その愉しさ、魅力を伝えることばを探すうちに、ついつい、すぐに時間が経ってしまいます。

 

映画にしてもそう。

 

ほんとうに面白い映画、ちょうど最近観た『ブリグズビー・ベア』のような一生ものの、心に残る映画を觀ると、それについて私が感じたことを整理してことばにするというようなことよりも、身近な人、例えば毎日忙しく日々を過ごす妻に観てほしいな、と思ったり、薦めてくれたSさんと、この映画の感想戦というより、ただただ「良かったね」というようなことを言い合いたいと思ったり。

 

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自分の心の裡を顕わにするのに、ひとのことばを頼みにするということ。

 

 私が考える芸術の目的は「慰労」だ。

 

 正確にいえば「体験により得られる慰労」だ。いまこの瞬間も「慰労」が、それぞれの人の選択ですぐそばに存在しているはずだ。

 

イ・ラン著、清水博之訳『神様ごっこ』(スウィート・ドリームス・プレス)より 

 

自分の心の裡を顕わにするのに、自分のことばではなくてひとのことば、誰か他人の書いた詩や散文を頼みにするということを、何かずるいこと、卑怯なことに感じるのは実はおかしくて、私たちは、(少なくとも私は)いつも、他のひとが生み出したことばや作品、セリフや、そこかしこで今まさに口に出されたお喋りから、大きく影響を受けているし、逆にいうと、私自身が今ここで話すことばに、私自身が感銘を受けるなんてことはありません。私は(他のひとがそうであるくらいには)ナルシストだけれど、そこまでのナルシストではありません。

 

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――と、ここまで書いたこととおおいに矛盾するのですが、私は先日、私自身が9年近く前に書いた文章にたいへん心を動かされました。30代のはじめ、国内のSNSの中でメインストリームのひとつだったmixiで、今でいう「裏アカ」で、「女性として」日記を書いていました。といっても何か下心とか、射幸心というようなものがあったわけではなく、創作に関心――なんて廻りくどい言い方は止めましょう、「小説を書きたい」と思いつつもうまく書けないでいた私は、その演習というか、ウォーミングアップというか、トレーニングというか、とにかくそんなふうなつもりで、「女性として」文章を書いてみることで、自分の書く文章に何か「飛躍」が生まれることを期待していたのです。今から思えば。

 

無限にハードルを上げるようですが、そうして書いた文章が、今読んでみると、今私が書いている文章よりもずっと面白いような気がするのです。「なぜわざわざ、今ごろ(まったくといっていいほど使っていない)mixiにログインして、過去の日記を読み返しているのか?」という理由はあえてここには書きませんが、以下にそのひとつを引用します。

 

私はこの「裏アカ」的な日記によって、未知のふたりの方から「マイミク申請」を受けて、友人になりました。おふたりとも女性で、私は誰かを騙すつもりはなかったので、「マイミク申請」を受けてすぐ、私の人となり(女性ではないことなど)を明かして、ウェブ上でやりとりを交わさせていただきました。そのうちおひとりとは実際にお会いしてお話をする機会にも恵まれました。

 

私自身も日記を書かなくなり、mixiがあまり使われなくなっても、おふたりとはウェブを中心にやりとりを続けさせていただきましたが、(他のたくさんの人付き合いと同じように)とくに理由もなく、何となくその回数も減り、年月が経っていきました。

 

やりとりへの<期待>。

 

 

そうして私の書いた、下記のようなことばが、そのままウェブ上に残されています。そこに書いたように、やはり「やりとりへの<期待>」がなければ私は今ここでこうしてこの文章さえ書かないだろう、と今も思いますが、「インターネットくんを使う(使役する)」という語彙を私は、彼女=過去の私から、今、学びました。

 

いやあ、インターネットって、面白いものですね。これからもブログを続けていきたいと思います。今後とも「ソトブログ」をよろしくお願いします。

 

(2010年09月03日の日記より)

 

あなたはなぜ生きているのか?

 

 そんなもの理由はないよ、というのがもっとも正確な回答なのですが、はじめるまではそうではなかったのに日記を書かないでいると自分のサイズが物理的に少しちいさくなったような気がしています。

 

 実家に住むようになってインターネットはあまりしなくなって、携帯のウェブもフィルタをかけて、妹にパスワードを入力させてじぶんではアクセスできないようにしました。だから携帯でインターネットできないの。インターネットくんのきらいなところは、レスポンスを強いるところ。期待させるところ。

 

「届いたかどうかわからない」

 

 ってことがたいせつなこともあるじゃないですか。だから昔のひとは熱心に手紙を書いたんだ。明治くらいの東京では朝出した手紙が夕方に届いたりしたらしくて、いまよりある意味ではぜんぜん便利だったんだということになる(また聞きの情報ですが)。

 

 似ているようでわたしとはぜんぜん違うキャラクタの友人がクルマを買ったので、わたしも便乗して(影響を受けて)新車を購入しました。日産のキューブというクルマ。色はアッシュブルーというの。クルマはぜんぜん関心がなかったのですが、いざ大枚をはたいて(オン・キャッシュ。いまのところ人生最大の買いもの)購ってみると、なんというかとても愛着がわいてしまって、げんきんなものです。

 

 だからツイッターもなじめなくて、あれは「つぶやき」といいつつ「やりとり」がなかったら、すくなくも「やりとりへの<期待>」がなかったらなりたたないものですよね? こうしてミクシイにせよウェブ上で日記を公開しているいじょう「やりとりへの<期待>」はあるのですが、即物的なやりとりの積みかさねでわたしは磨耗していくとしか思えない。そしてわたしのようなだれかが、もしかしたらあなたが磨耗していくところはみたくない、とかんがえてしまうのです。

 

 気持ちがネガティブなときはね。

 

 だから(インターネットくんを)気持ちよく使っているひとに文句はないし、わたしも気持ちよく使えるときもあるんだけど、そうじゃないときもあるのでいまみたいな付き合いかたになっているのです。「くん」つけて、「使う」っていいかたすると、なんか気分がいいですね。子分みたいで。

 

 「セクシーボイスアンドロボ」というドラマが2年くらいまえにあったけど、あのドラマで、「社長」こと浅丘ルリ子が、ニコ(=大後寿々花)に、
「スパイになりたかったら、その「子分」(ロボ=松山ケンイチのこと)連れてウチへいらっしゃい。」
 っていうシーンがあるんだけど、あのときの「子分」みたい。大後寿々花に使われる松山ケンイチ。わたしに使われるインターネットくん。血液型とか、エスだとかエムだとか、無根拠にひとを分類するものが昔からへどが出るくらい嫌いなのですが、こういうエスっぽい感じも悪くないですね。というか、分類するものほんとうはきらいじゃないのかも。だからあえて嫌いだと思ってるんだ。そういうことって、ほんとうはいろいろあるのだと思います。けっこう考えなしに生きているはずだから。わたしもあなたも。

 

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【以前の記事から:「何をどう書くか?」ということはけっこういつも考えています。】

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