ソトブログ

映画と本、自然観察(あるいは30代後半、2児の父の日常)

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2017年に観た247本のベスト・オブ・ベストが『ホーホケキョ となりの山田くん』な私が選ぶ、2017年映画ベストテン。

 

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――記事タイトルだけで出落ち感がアリアリですが、私、いたってマジメです。当ブログではたびたび、「初めてその本を手に取る読者にとっては、新刊も旧刊もなくて、その人にとっての新刊、<新しい出会い>なのだ」「ユーザーが手に取ったときが、彼/彼女にとってのブランニュー・プロダクト」というようなことを書いてきて、映画についても気持ちは同じで、新作であっても旧作であっても、「観ている私」にとってはファースト・コンタクトであることに変わりありません。

 

もちろん映画の場合、作品に触れる体験として最良なのは映画館の大画面と大音響で観ることでしょう。だから私も、旧作であっても、たとえDVDや配信で一度観たことがある映画であっても、それが大好きな映画で、タイミングが合えば映画館で観たいと思います。(数年前、『新・午前十時の映画祭』で観た『冒険者たち』は最高でした。)

 

しかし今年映画館で観れたのは、『沈黙 -サイレンス-』『ラ・ラ・ランド』『ゴースト・イン・ザ・シェル』『スパイダーマン:ホームカミング』『ダンケルク』『ベイビー・ドライバー』『アトミック・ブロンド』の7本だけ。経済的にも時間的にもそれほど余裕がないこともありますが、そんななかでも自宅でDVDや配信で、映画を鑑賞できるのは、観客としては有り難いものです。こういう旧作中心の鑑賞をしているため、例えば映画好きの人なら聴いている人も多いでしょう、TBSラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』の年間映画ベスト特集などでも、私が一番共感を覚えるのは、その年公開された作品ではなく、その年「観た」作品のベストを選ばれているしまおまほさんのセレクト(2016年のベストが『グエムル 漢江の怪物』とか)だったりします。

 

そんなごく普通?の映画好きな私が、2017年に観た247本の映画の中から、印象に残った10本を選ぼうとしていたらもう1月下旬と、この手の話題を取り上げる旬の時期も過ぎてしまいました。一応セレクトに趣向を凝らしてみましたので、どうか、最後までお付き合い下さい――。

 

 2017年に「観た」映画ベストテン(もちろん、旧作含む)。

 ※映画の表記は、<『作品名(邦題)』原題(製作年、監督)>としています。
※最後の「ベスト・オブ・ベスト」以外は順不同で、順位を付けているわけではありません。

 

【映画館で観た部門】『ベイビー・ドライバー』Baby Driver(2017年、監督:エドガー・ライト)

 

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今回の10本で唯一、昨年当ブログでレビューした作品(触れたのは「Tレックス→トレックス」問題くらいで、たいしたことは書いてませんが)。映画館で観た映画の面白さは、少なく見積もってもやはり自宅で観る10倍増し。なのであえて、上記に挙げた今年映画館で観た7本からは、1本だけ選ぶことにしました。本作もまた、冒頭のジョン・スペンサー・ブルース・エクスプロージョン「ベルボトムズ」から震えっぱなし。監督と同世代といっていい90年代ノットデッド世代の私には音楽がどストライクだったのもありますが、映画の半分は音であることを再認識させてくれました。

 

【子どもと観た部門】『ハドソン川の奇跡』Sully(2016年、監督:クリント・イーストウッド)

 

私には小学校低学年と2歳の息子ふたりがいて、映画館デビューが4歳のときの『風立ちぬ』の長男とは昨年、彼に請われて『シン・ゴジラ』や初代『ゴジラ』や『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』も観ましたが、このイーストウッドの手になる奇跡の実話の実写化も、彼の求めに応じて観返したもの。息子が興味を持ったのはTVスポットで予告を観たからのようですが、低学年には難しい話運びだと思うけれど、ヘヴィな展開もいっけんサクサクと進めるイーストウッドの語り口で、真剣に見入っていた息子の姿が忘れられず、イーストウッドでは今年初めて観た『マディソン郡の橋』『許されざる者』『ミリオンダラー・ベイビー』を抑えてこの10本に選びました。映画内感動に収まってしまうような過度なカタルシスを避ける抑制された、近作のイーストウッド節はここでも健在。

 

【人に教えてもらった部門】『チャーリング・クロス街84番地』 84 Charing Cross Road(1986年、監督:デヴィッド・ジョーンズ)

 

ニューヨークの女性作家(アン・バンクロフト)と、ロンドンの古書店主(アンソニー・ホプキンス)との、本の注文と手紙の遣り取りだけの20年。それを淡々と描くことで、かすかに、しかし濃密に香るロマンスとして成立し得ることを教えてくれる作品。実際の往復書簡をまとめた本を原作としたこの映画は、知人の、年間500本観るという同世代の映画好きの女性に教えてもらいました。時間や空間を隔てた者同士の、プラトニックでインティメイトな関係が、私の大好物だということが、彼女にもバレていたような気がして、気恥ずかしいような、嬉しいような気持ちになりました。

 

【<けもの>部門】『気狂いピエロ』Pierrot Le Fou(1965年、監督:ジャン=リュック・ゴダール)

 

君とは会話にならない 思想がない感情だけ
違うわ思想の中にある 感情で貴方見つめてるの


けもの「第六感コンピューター」(作詞・青羊)

 

 個人的にゴダールを観るのは20年ぶり、今まで観たのは『勝手にしやがれ』だけ、という私が今作を観たのは、当ブログで何度も取り上げたソロ・アーティスト<けもの>の2017年の名盤『めたもるシティ』収録の、私も息子たちも大好きな、音楽史にその名を刻むアンセム「第六感コンピューター」。その歌詞の引用元であるということから。半世紀の時を超え、ヌーヴェールヴァーグのフランスと、2017年の日本のシンガー・ソングライターと、紀伊半島の片隅の一リスナーを繋ぐのが、こんなにも自由で狂っていて愉しくて悲しい映画だったとは! 結局本作にやられすぎて、2017年、ゴダールはこの1本で終わってしまったのですが、意外と直感的でわかりやすい作品だという感触。2018年はゴダールも、掘ってみようと思います。

 

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【掘り出し物部門】『セルラー』Celluar(2004年、監督:デイヴィッド・R・エリス)

 

「掘り出し物」といっても私が埋もれた金の鉱脈を見つけたわけではないはずで、誰に教えてもらったのか、どこかで読んだのか聞いたのか(忘れてしまいました)。誘拐された女性(キム・ベイシンガー)が、監禁された部屋で粉々に壊された電話を何とか繋いで電話をかけると、見ず知らずの青年(クリス・エヴァンズ)に繋がる。普通なら、イタズラ電話として切ってしまうのが当たり前であって、それではそこからの展開はなくなってしまうわけですが、そこをうまく「繋ぐ」語り口と展開の妙で、グイグイ引き込ませる。2017年に観た最もフレッシュなアクションスリラーでした。

 

【コメディ部門】『エイミー、エイミー、エイミー! こじらせシングルライフの抜け出し方』Trainwreck(2015年、監督:ジャド・アパトー)

 

私の最も好きなタイプの映画。すなわちアメリカ製ラブコメなのですが、「ブロマンスの帝王」ジャド・アパトー監督作でありながら、たいへん痛く非常に最高で最低にこじらせた女性主人公、エイミーの話。それもそのはず、本作はエイミーを演じるコメディエンヌ、エイミー・シューマーが製作・脚本・主演を手がけたまさに“エイミー、エイミー、エイミー!”な個人映画。それを、ポップなコメディに昇華しつつ、受け手にリアルな手触りを感じさせるアメリカン・コメディの底力は本当に凄い。

 

【俺たちのヒュー・グラント部門】『フォー・ウェディング』Four Weddings and a Funeral(1994年、監督:マイク・ニューウェル)

 

40がらみの男がヒュー・グラント好きで何が悪い!と開き直るわけではありませんが、かつて私も「こんな軽薄な優男の映画なんて誰が見るか」と思っていました。しかしコメディを好んで観るようになった流れで近作の、『ラブソングができるまで』や『Re:LIFE/リライフ』を観てみると、この軽薄さこそが、ミドルエイジ以降の人生の処方箋として最適解なんじゃないかと。かつて「ラブコメの帝王」の座を欲しいままにしていた彼の、そのきっかけとなった出世作が本作で、童貞高校生のだった私がリアルタイムでこれを観るはずはなく、今改めて。見たまんまの「軽薄な優男」のヒュー・グラントが、“本当の愛”に目覚めていく展開は想定内ともいえますが、かといってヒュー・グラントがその軽薄さを失うわけではない。そこがいいと思います。

 

【ラブロマンス部門】『遥か群衆を離れて』Far from the Madding Crowd(2015年、監督:トマス・ヴィンターベア)

※本作のみ、未ソフト化、配信のみの流通のため、Amazonビデオのリンクを掲載しています。

 

私はラブコメ好きながら、シリアスなラブロマンスはめったに見ないのですが、これは素晴らしかった。イギリスの文豪トマス・ハーディの同名小説を原作、19世紀ビクトリア時代を舞台に、当時としては破格に自立しようとする女性と、彼女をめぐる3人の男性をロマンスを描く本作は、恋愛そのものを描きながらジャンルとしての「恋愛映画」を超えていると感じられました。キャリー・マリガン演じる大農場の女主人、バクシーバをして、「男心を弄ぶ小悪魔であり、全く共感できない」と思う人もいるかも知れません。しかし映画の主題はそこにはなく、不運や悲劇の畳みかける人生という物語のなかで、人はどう生きるのか、それが試される映画のラスト、この二人(あえてどの二人かはここでは触れません)が結ばれることはご都合主義ではなく、この物語を紡いだ作家の矜持なのだと思います。

 

【監督部門】『ケス』Kes(1969年、監督:ケン・ローチ)

 

イギリスのゴリゴリの社会派監督、ケン・ローチの映画は、そのイメージから、意外と敬遠している人も多いのではないでしょうか。私もそのクチでしたが、スコットランドの若者たちのシビアな現実を描きつつ、ローチ作品としてはライトな趣の『天使の分け前』をきっかけに、立て続けに何本も見ていると、徹底して市井の人々の現実に寄り添ったケン・ローチ映画が、実は血湧き肉躍るエンターテイメントなのだ、と感じられてきました。本作では、何といっても主人公の少年・ビリーが飼い慣らすチョウゲンボウ(作品紹介や字幕では、ハヤブサとかタカなどと表記されていますが、ケストレル=Kestrelはハヤブサ科でハヤブサとは別種のチョウゲンボウです)が見せる、本物のスカイアクション! それは、学校にも家にも居場所のない、クソみたいな現実からつかの間の飛翔を夢見るビリーの心象とも重なって、熱く、切ない、CGでは表現しえない極上のエンターテイメントなのです。

 

【ベスト・オブ・ベスト2017】『ホーホケキョ となりの山田くん』(1999年、監督:高畑勲)

 

パステル調でラフな手描きのような画面のせいか、『となりの山田くん』という、公開当時としてもアウト・オブ・デイトな題材だったせいか、ジブリ作品としても興行的に低迷した本作。私も昨年、初めて観ましたが、驚きました。何しろその絵が凄い。4コマ作品を継ぎ接ぎしたはずのストーリーが凄い。ぼんやり観ていればぼんやり流れてしまうホームドラマが、時折そのたがが外れたようにドライヴする。ウェディングケーキが雪山に変わりボブスレーのソリで疾走し、海を越え空を翔ぶ。父・山田たかしはギャングとのカーアクションや銃撃戦を演じ、長男・山田のぼるは恋するあの娘との電話で昇天し、そこで流れる音楽は、矢野顕子のデビューアルバム『JAPANESE GIRL』の名曲「電話線」。104分、「私は今何を観ているのか」という気持ちでいっぱいで、それが「国民的」コンテンツの代名詞ともいえるジブリ作品での体験だった、という意味で本当に衝撃で、本当に最高でした。ゆえに本作が、私の「2017年に観た映画」の、ベスト・オブ・ベストです。

 

――なお、昨年一番始めに観た映画は1月3日の『ロッキー2』(1979年、監督:シルヴェスター・スタローン)であり、最後に観た映画は大晦日の『サンダーボルト』(1974年、監督:マイケル・チミノ)であったことを申し添えます。

 

【私の「#名刺代わりの映画10選」】

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 【映画レビューを書くにあたって、私が念頭に置いていること】

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