ベイビー・ドライバー
原題:Baby Driver
製作年:2017年
監督:エドガー・ライト
ストーリー:
強盗の「逃がし屋」をしている天才ドライバーの“ベイビー”。幼少の時の事故によって絶えず起こる耳鳴りに悩まされているが、常にイヤフォンでiPodから音楽を聴くことで耳鳴りを消している。行きつけのダイナーで、ウェイトレスとして働くデボラと運命の出会いをしたベイビーは、社会から足を洗おうとするが、ボスの命令により危険な任務を負わされることになる。
オタクのヒーローから、堂々たるメインストリームへ
『ベイビー・ドライバー』、近所のシネコンで、上映期間ギリギリで滑り込みで観てきました。評判と期待通り、最高でした。
エドガー・ライト監督作品は、映画を日常的に観るようになったのがここ数年のため、ほとんど後追いですが『ショーン・オブ・ザ・デッド』から『ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!』まで、あるいはそれ以前のテレビドラマ『SPACED ~俺たちルームシェアリング~』も含めて愉しんで観たクチですが、これまでの作品は広範で深いオタク的教養に裏打ちされた、しかしそのぶん、いくらか一般性に欠けるところもある、オタク好み、通好みの映画監督、という印象でした。
ところが今作もその種のマニアックさは引き継いで、ガンアクションからカースタント、ロマンスからチーム強奪ものまで、あらゆる要素を詰め込みつつ、それらを堂々たるメインストリームのエンターテイメント作に仕上げていて、驚くとともになんだか滅茶苦茶感激しました。
誰の曲?――音楽を聴き続けた孤独な時間
当然のように評判を呼んでいて、語り尽くされた感もあり、私などが付け加えることはまったくないのですが、まだ序盤のあたりで、いきなり「おっ」と思うシーンがありましたのでそのことだけ触れておきたいと思います。
それは主人公、ベイビーが行きつけのダイナーのウェイトレスのデボラと出会い、彼女にTレックスの「デボラ」という曲を聴かせるシーン。
デボラに「誰の曲?」と訊かれたベイビーは「トレックス」と答えます。デボラは「Tレックスね」と返しそのまま会話が流れるので、気にしなければ何ということもない会話なのですが、何せベイビーは耳鳴りのため常に古今東西の音楽を聴き続けてきた青年で、日常の会話を録音して自作のトラックを作成しているほどの音楽オタク。
音楽の粋の味わい尽くしている彼はしかし、おそらくずっと一人で音楽を掘り続けていたのでしょう。ジャケットや歌詞、メロディやリズムの隅々まで血肉としながら、“T-REX”の読みは知らない。何故なら、それが発語されるのを聞いたことがないからです。
このシーンは観ていて、一瞬ベイビーが知らないのを意外に思い(あるいは冗談かと思い)→しかし表情でジョークではないことがわかる→そういうことなのか!とハッされられ、上手いなぁ、と思いました。ベイビーがどういう人間なのかよくわかるし、ここでの、ベックの「デブラ」という曲についてのやりとりも含めた――会話で、ベイビーと彼女が恋に落ちるのも必然と感じられます(ここのところがおざなりな映画も多いような気がします)。
とにかく二時間弱の上映時間があっという間に通り過ぎた感じで、観落としてるところもたくさんある気がしますが、(アクションの連続でたくさん人が死ぬにも関わらず)美しく、苦く爽やかな映画を観たという感触が残りました。
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